断捨離、ミニマリスト——世の中では「捨てること」そのものが目的のように語られがちです。でも私がやっているのは、少し違います。
捨てる前に、写真に撮っておく
思い出のあるもの、値段が張ったもの、長年使ったもの——日用品や食料品、ただのゴミではないものを手放すとき、私は必ず写真に撮っています。
そして、その写真を年代ごとにフォルダに分けて残しているのです。2020〜2022年頃から続けている習慣です。
こんな感じです。
きっかけは、雑誌で見た子育てのアイデア
もとをたどると、雑誌で見かけたある記事がきっかけでした。
子どもが描いた絵や、図工の授業で作った作品を、ずっと取っておく代わりに、写真に撮って残すというアイデアです。私には子どもがいませんが、この発想が心に残り、自分の持ち物全般に応用するようになりました。
子どもの作品は、成長とともにどんどん増えていきます。すべてを取っておくことはできないけれど、写真になら残しておける——その考え方が、私にはとても腑に落ちました。子どもがいない私でも、自分の持ち物に置き換えれば、同じように使える工夫だったのです。
「捨てる記録」ではなく「通過した記録」

自分で買ったものも、もともと家にあったものも、結局は自分が稼いで得たものが、左から右へ、右から左へと、生活の中を通過していっただけなのだと思うようになりました。
だから写真に残すのは「捨てたもの」の記録というより、「自分が何を持って、何を手放してきたか」という、自分自身の通過記録です。
写真を見返すと、何が無駄だったか、経年劣化でどれが消えていったか、何が本当に必要だったか、何が自分に合わなかったかを思い返すことができます。
「物が多いわね」と言われていた頃
以前の私は、あるものをどう綺麗に収納するかということばかり考えていました。
夫と姑との3人暮らしの頃は、自分だけの判断で自由に手放せないものもあり、家族に「物が多いわね」と笑われたこともあります。それでも、いつもきれいに収納していたので、自分では大して不便を感じていませんでした。
ミニマリストや断捨離の情報にYouTubeなどで触れるうちに、根本的な問題は「収納の仕方」ではなく「持っている量そのもの」だったのだと、少しずつ気づき始めました。
収納が上手いことと、物が少ないことは、まったく別の話だったのです。この気づきがあってから、写真に撮って手放す、という今のやり方に自然と落ち着いていきました。
すっかり忘れていた、レスポートサックのお財布

今回、写真を見返していて、真っ先に「あ、これ完全に忘れてた」と思ったのが、このレスポートサックのお財布です。
私はお財布を年に1回取り替える習慣があるのですが、写真を見た瞬間、「ああ、こんなものを使っていたな」と、すとんと記憶が蘇りました。
お財布のこだわりについては以前の記事にも書いています。
15冊分の通帳とカード

この写真は、以前15冊の通帳を解約した話を書いたときのものです。
支店の名前も、記載されている名字も、時代によって少しずつ違っていて、自分の人生の変遷がそのまま詰まっているような一枚でした。
姑の卒寿のお祝い状
これは、姑が入っていた施設からいただいた、卒寿(90歳)のお祝いの表彰状です。
正直なところ、紙そのものを取っておいても仕方がないと分かってはいるのですが、それでも「捨てる」というところまでは、なかなか踏み切れませんでした。
だから写真に残しておくことにしました。
こういうとき、写真に残しておいて良かったと、心から思います。
まとめ・見るだけで十分
捨てたもの一つひとつに、そこまで強い思い出があるわけではありません。
それでも、写真として残しておけば、見返すだけで十分なのです。物そのものを持ち続けなくても、記憶をたどるきっかけは、ちゃんと手元に置いておける——それが、この習慣を続けている一番の理由です。
※整理・収納の感じ方には個人差があります。あくまで私自身の体験としてお読みください。
【書いた人】
のらりくらりゆる〜く生活のストレスを排除しながらプチ節約をして、介護職でもひとりでも20年で住宅ローンを一人で完済。アラ還でFIREに辿り着いたりすねえです。



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