お茶碗やお皿を洗ったあと、布巾で拭く人と、拭かない人がいます。私は完全に後者で、毎日、自然乾燥だけで済ませています。
きっかけは、大学の卒業論文でした
私は管理栄養士の資格を持っています。
大学生の頃、卒業論文を書くために、国立栄養研究所に飛ばされたことがありました。附属校育ちの、いわゆる女子大生ブーム世代の私にとっては、少しハードルの高い環境だったのを覚えています。
テーマはEPA(エイコサペンタエン酸)。
まだDHAが発見されていなかった時代の研究で、当時の日本のデータの一つになったという、ちょっとした過去の栄光もあります。ラット200匹(実験用のネズミ)、うさぎ20〜30匹に魚の油や肉の油を与えて、血液の変化をガスクロマトグラフィーという機械で測定するという実験でした。
他大学の学生も含めて、10人ほどでの共同研究でした。
試験管とビーカーは、こうやって洗っていました

実験には、遠心分離機やフラスコ、ビーカー、シャーレをたくさん使います。少しでも汚れが残っていると雑菌が発生し、正確なデータが取れなくなってしまいます。そのため、洗い物にはとても厳しい基準がありました。
まず2回洗います。そのあと、ガラスに水滴が玉になって残っていたら不合格。
汚れが完全に落ちていない証拠です。これは、バーや高級レストランでワイングラスを磨くときの見極め方と同じ原理だと思います。さらに、そこから蒸留水で洗い流し、そのまま自然乾燥させます。
40年ほど前の話なので、今の実験の現場がどうなっているかは分かりません。
布巾を使わない、本当の理由

ここが一番大事なところです。実験器具は、布巾や布で拭くことを一切しませんでした。理由は、布巾自体に雑菌がついている可能性があるからです。せっかくきれいに洗ったビーカーを、雑菌のついた布で拭いてしまったら、かえって汚れを移すことになってしまいます。
だから、水滴を拭き取らず、そのまま乾かす。これが決まりでした。
この習慣が、そのまま私の台所に居着いてしまいました。三つ子の魂百まで、ならぬ、実験の魂百まで、というところでしょうか。
今も続く、水滴チェックの習慣

お茶碗やプラスチックのお弁当箱を洗うときも、きゅっきゅという感触と、水滴がすっと流れていくかどうかが、私の中の「洗えた」の目安になっています。少し神経質に思われるかもしれませんが、良い悪いという話ではなく、もう体に染みついた習慣なのです。そして、きちんと洗えているお皿やお茶碗は、水滴が残らない分、乾く時間も実際に早いです。

食器乾燥機を使うことも考えましたが、受け皿に水が溜まって白い水垢がつき、そこを洗う手間が増えることに気づいてやめました。
我が家は夫と二人暮らしで洗い物の量も少ないので、水切りかごに入れておくだけで十分。大家族には向かないやり方かもしれません。
「きれい」ではなく「清潔」という基準
この話は神経質に見えそうで、普段はあまり人にしません。ただ、当時一緒に卒論を書いた仲間に会うと、話しただけで「そうそう、そう」と、すぐに共感してもらえます。
試験管やビーカーを洗ったことがある人にしか分からない感覚なのかもしれません。
私の基準は、「きれいか、きれいじゃないか」ではなく、「清潔か、不潔か」というところにあります。だから、同僚が席を立つときにコーヒーカップにティッシュやラップをかける丁寧さには感心しますが、自分は空中を舞う雑菌くらいでは死なないだろうと思って、何も被せずに席を立ちます。この線引きは、理系や医療系を学んだ人には、少し分かってもらえるかもしれません。あくまで、私の変なこだわりのご紹介です。
まとめ・食洗機も好きです
誤解のないように付け加えますと、私は食洗機を否定しているわけではありません。
仕事柄、食器洗浄機もたくさん使ってきましたし、食洗機推進派でもあります。
今回の話は、あくまで自分の手で洗うときだけの、個人的な習慣です。
毎日口に触れる食器だからこそ、きれいであるに越したことはないと思っています。
水切りかごにマグネットバーを転用している話も、根っこは同じ発想からきています。
今回はのらりくらり拭かない暮らしでした。
※洗い方や乾かし方の感じ方には個人差があります。あくまで私自身の体験としてお読みください。
【書いた人】
のらりくらりゆる〜く生活のストレスを排除しながらプチ節約をして、介護職でもひとりでも20年で住宅ローンを一人で完済。アラ還でFIREに辿り着いたりすねえです。



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